Roberto Baggio

思いついたプレーの中で、いつも一番難しいものを選択するようにしている。

今を戦えない者に、次や来年を語る資格はない。

大切なのは、自分の仕事に対して情熱を見せること。仕事の内容によって、情熱、真剣さに相違があってはならない。

勝利は苦しみを通じてのみ得ることができる。苦しみを通り抜けない勝利はない。

泣き言なんて何の役にも立たない。力になるのは強い意志だけだ。

人生を続ける限り、僕は決して諦めない。大切なのは常に新しい戦いの舞台を探し続けることだ。

忘れないで欲しい。君たちの足下には、永遠にサッカーボールがあることを。

私が唯一知っているドーピングは、努力だけだ。

プレーできるなら寿命が縮んでもいい。

僕にはサッカーの血が流れているんだ。長い年月を経て、サッカーは僕の血の一部になっているんだよ。

私はサッカーに恋をした。

トラパットーニのアズーリでプレイできるなら、たとえGKでもやる。

アズーリが負けたことはショックだ。しかし1ヶ月前、アズーリから外れたときのほうがもっとショックだった。

サッカーのスタイルとはその国の伝統が創り上げるものであって、一時の大会の結果で左右されるものではない。

PKを決めたことは誰も覚えていてくれないけれど、外したことは皆が覚えている。

─94年のアメリカW杯決勝でPKを外してしまったことについて

サッカーはプレイしている人にとっても、観ている人にとっても楽しいものでなくてはならない。

ファウルを犯す選手も、ファウルされる選手も、観客も楽しむことができなくなる。

楽しむことを忘れてはレベルの向上も望めないし、次の世代にもいい影響を与えないだろう。

とにかく、子供たちが常に観ていることを忘れないでプレイして欲しい。

ロベルト・バッジョ(Roberto Baggio, 1967年2 月18日 - )(バッジオ/バッジォと表記することもある )は、イタリア共和国ヴェネト州ヴィチェンツァ県カルドーニョ出身のサッカー選手。 1993欧州年間最優秀選手、1993FIFA最優秀選手。03-04シーズンで現役引退。セリエA通算205ゴールは歴代5位。キャリア318ゴールはイタリア人№3である。使用スパイクは デビューから引退までディアドラ。1999年、イタリア代表での試合など一時期のみkappaを使用。

イタリアの至宝」、「偉大なるポニーテール」と称され、現役を退いた今も世界中に多くのファンをもつ。ファンタジスタの象徴的な存在として知られ、華麗なプレースタイルはアレッサンドロ・デル・ピエロフランチェスコ・トッティらが、その系譜となる。今ほど衛星放送(CS・BS)が普及していなかった頃からすでに彼の名は日本などでも知られていた。また、弟のエディ・バッジョサッカー選手である。

趣味はハンティング。通称は「ロビー」、愛称は 「コディーノ」(馬の尻尾。髪型に由来する)。[1]