Michel Platini

俺に任せろ。絶対に入れてみせるから。

─1976年対チェコスロバキア戦のFKの場面で

サッカーに人種はない。ヘタな白人ほど黒人を差別する。

私が代表しているのはフランスだけではないということを悟ったのは、ワールドカップの最中だった。

私の哲学は単純だ。フットボールが与えてくれたことのすべてを、フットボールに還元することだ。

あの夜、僕はサッカーへの幻想を失った。あの日以来、僕はサッカーを純粋に喜べなくなってしまった。

─「ヘイゼルの悲劇」を振り返って(ヘイゼルの悲劇 - Wikipedia

フットボールの代表チームは、その国の文化のあり方を表現している。

サッカーにはずいぶん世話になったから、少しは恩返ししないとね。

─現役引退後、彼が好んでよく使う言葉

78年は若すぎた。82年は不運としか言いようがなかった。86年は少し年をとりすぎていた。どういう訳かそういう巡り合わせなんだ。

─3度W杯に出場したが、「将軍」でも優勝できなかったことを振り返って

フットボールが、なぜみんなに愛されるか?それは真実がないからだ。最も強い者が、最も弱い者に勝てない。それがフットボールだ。

タバコを吸ってはいけないのは、走りまわる選手だけだ。

─ユベントス時代、会長に禁煙を勧められて

ミシェル・プラティニ(Michel François Platini、1955年6月21日 - )はフランス出身の元同国代表サッカー選手、元サッカー指導者。現在のUEFA(欧州サッカー連盟)会長、フランスサッカー協会副会長。1980年代を代表するサッカー選手の一人。愛称「Le Roi」は直訳すれば「」だが、日本では「将軍」と意訳されることが慣例化している。