Luis Figo

1対1になったら、勝負しないわけにはいかない。なぜなら俺はドリブラーだから。

誓ってもいい。たとえ給料が減ってもバルサでプレーしたいんだ。

自分の実力に見合う金を出してくれるところに行っただけだ。

─バルサからレアルに移った時のことを回想して

ポジションや立場が違っても、自分自身が、昨日の自分よりも今日の自分に充実感を感じることが大切。

子供の頃から、ドリブルで相手を抜けないと思ったことは一度もない。抜けなかったことだって一度もない。

彼らが優勝した。そのことを認めないわけにはいかない。

だが、言わせてもらえるなら、あれが僕の見たいサッカーかと問われれば“ノー”と答える。

─EURO2004決勝戦で、堅守のギリシャに敗れて

審判だ!

─「明日の試合で注意すべき相手はいるか?」と聞かれて

観客はゴールを決められない。

─02年W杯韓国戦前に、韓国サポーターで満員になったスタジアムを見て

ピッチに立つ以上勝つ意志は変わらない。自分の義務だと思っている。

─「レアル・マドリードとポルトガル代表でプレーする際、どちらが重圧を感じるか」と聞かれ

フィーゴFigo フィーグ)もしくはルイス・フィーゴ(ルイシュ・フィーグ)ことルイシュ・フィ リープィ・マザイラ・カアイルLuís Filipe Madeira Caeiro [luˈiʃ fɨˈlipɨ mɐˈðɐjrɐ kɐˈɐjru]1972年11 月4日 - )はポルトガルリスボン出身の元サッカー選手。元同国代表。ポジションはウイング(主に右サイド)。

ポルトガルでは年間最優秀選手賞を5年連続で受賞するなど、黄金世代の中心選手として長らく代表を支えてきた選手。キャップ数は歴代最多出場記録となる127試合。そのドリブル技術の高さからマンチェスター・ユナイテッドライアン・ギグスとともに90 年代最高のウイングと評される。

1995 年スペインバルセロナへ移籍。その破壊力抜群の突破力とチャンスメイクで右サイドを支配、FWのクライファート、左サイドのリバウドと共に3トップを形成し、国内外の数々のタイトルを獲得する原動力となり、ドリーム・チーム以降のバルセロナのシンボルとして絶大な支持を得た。

2000 年には欧州年間最優秀選手を受賞したフィーゴであったが、2000-2001シーズンにバルセ ロナからライバルのレアル・マドリードへ電撃移籍。これに反発したバルセロナ・サポーターが、フィーゴ自身が経営するバルセロナ市内の日本料理店を破壊するという大変な騒動にまで発展した[1]。 そのためマドリードを去った現在も尚、ペセテーロ(守銭奴)と呼び彼を許さないバルセロニスタが多い。