Andriy Shevchenko

僕は矢と呼ばれるけど、弓を引くのは仲間たちだからね。

─「ウクライナの矢」にかけて

自分にとって負けは存在しない。それは、絶対にあってはならないんだ。

ゴールを決めるため、僕は生きている。

勝利が次の勝利を呼ぶ。勝ってこそ得られるポジティブな思考が、さらなる状況の好転をチームへともたらす。

ゴールにまぐれはない。打ったのは事実だし、入ったのも事実。

与えられた使命は得点することだけ、という選手にとって自己中心主義とは絶対に必要な、高く評価されるべき資質のはずだ。

アンドリー・ムィコラーヨヴィチ・シェフチェンコ(アンドレイ・シェフチェンコ[1]ウクライナ語:Андрій Миколайович Шевченкоアンドリーイ・ムィコ ラーヨヴィチュ・シェウチェーンコラテン文字表記:Andrii Mykolaiovych Shevchenkoロシア語:Андрей Николаевич Шевченкоアンドリェーイ・ニカラーイェヴィチュ・シフチェーンカ1976年9 月29日 -)は、ウクライナキエフ州ドヴィルキウシュチナ村出身のサッカー選手である。

ポジションはFWCFWG)。

1999-00シーズンからは推定移籍金2600万ユーロでACミランに移籍を果たす。移籍初年度から高い順応性を見せた彼は、鋭い突破力と高い決定力で32試合で24得点を 挙げていきなりセリエA得点王を獲得。2002-03シーズンは開幕前に負傷したこともあってか期待された活躍は見 られなかったものの、ACミラン在籍時に「不振」と言われるような成績を残したのは僅かこのシーズンのみである。2003-04シーズンには再び24得点 を挙げて得点王に輝き完全復活を果たし、ACミランのスクデット獲得に大きく貢献。この年、ポルトガルのデコとブラジルのロナウジーニョを抑えてヨーロッパ年間最優秀選手を受賞した。ウクライナ人でこの名誉を授かったのは、オレグ・ブロヒン(1975年)、イーゴル・ベラノフ(1986年)に次いで3人目である。