Mario Zagallo

美しいサッカーで負けるよりも、ひどいサッカーをやって勝つほうがいい。

私はペレと一緒にプレーしたんじゃない。ペレが私と一緒にプレーしたんだ。

マリオ・ジョルジ・ロボ・ザガロMário Jorge Lobo Zagallo1931年8 月9日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手サッカー指導 者。選手時代のポジションはFW

FIFAワールドカップにおいて選手時代に2度、監督・コーチとして2度の優勝経験を持つ、ブラジル サッカー界の重鎮である。

1965 年に現役を引退した後は指導者に転身し、自身も選手としてプレーしたボタフォゴなどブラジル国内の有力クラブの監督を歴任。またナショナルチームにも度々携わり、1970年W杯メキシコ大会で優勝を果たし、初の選手と指導者双方でのワールドカップのタイトルを獲 得した(後に選手と指導者双方で優勝したのはフランツ・ベッケンバウアーだけである)。

その後1994 年W杯アメリカ大会では、愛弟子でもあるカルロス・アルベルト・パレイラ監督を アシスタントコーチとして支えチームを優勝に導いたほか、1998年W杯フランス大会ではアシスタントコーチにジーコを配して再び指揮を執り、決勝でフランスに敗れたはしたものの準優勝を果たした。ブラジル代表の監督・コーチとして臨んだ試合は合計 154試合に上るが、うち110勝と33の引き分け、敗戦はたったの11試合しかない。(マイアミの奇跡が奇跡と呼ばれる一つの理由でもある)選手として、指導者として4度の世界王者に輝いたザガロ は、多くの後輩たちから「教授」と呼ばれ尊敬を集める存在となっている。

監督時代には数々の輝かしい実績を残しているが、その守備寄りな戦術ゆえ、攻撃的なサッカーを好むブラジル国内ではしばしば批判の対象となった。し かし1994年、98年のW杯に見られた2人のボランチと両サイドバックが攻守に献身するサッカーは、ボール支配率を重視する現代サッカーを体現するもの であり、優勝・準優勝という結果でもってその理念を証明して見せた。彼が重用した守備的なポジションのプレイヤーであるカフーロベルト・カルロスといった選手たちは、その後現代を代表する名選手として世界的な名声を手 に入れ、また2006 年7月からはザガロのチームで長く主将を務めたドゥンガが代表チームを指揮している。