Eddie Thomson

人のプレーを目指してもいい。でも一流になるには自分のプレーを目指せ。

エディ・トムソンEddie Thomson1947年2 月25日 - 2003年2 月21日)はスコットランド・ロズウェル出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

オーストラリアサッカー界に多大な貢献をした人物。オーストラリアサッカー協会殿堂。

1997年から4年間Jリーグ・サンフレッチェ広島の監督を務める。当初は攻撃的なサッカーを標榜していたが、チームの財 政難から主力放出を余儀なくされ、戦力が常に整わず、カウンターアタックを信条とするサッカーを実践。J2降格しないように努めた。オーストラリアコネク ションを活かし、グラハム・アーノルドハイデン・フォックストニー・ポポヴィッチアウレリオ・ヴィドマースティーブ・コリカを連れてきたほか、久保竜彦服部公太下田崇をはじめ森崎和幸藤本主税ら若手の底上げを図った。

2000年シーズン終了後、オーストラリアへ。2002年3月、すい臓ガンの 摘出手術を行ったが、同年暮れに再発が確認され入退院を繰り返していた[6]。 2003年2月21日未明、シドニー市内の病院で悪性リンパ腫のため死去。55歳だった。