Carlo Mazzone

ネドベドもヴィエリもトッティもいらん。バッジョだけで十分じゃ。

─2000年ブレシアで、補強選手について聞かれて

私はバッジョをピッチに送り出すとき、一つだけ指示をする。『90分間で一度だけでもいいから、君らしいプレーをしてくれ』と。

それが我々に歓喜をもたらすのを私は知っているから。

カルロ・マッツォーネCarlo Mazzone, 1937年3 月19日 - )は、イタリアローマ出身のサッカー監督

 

現役時代はディフェンダーとして活躍。その後、指導者への道を歩み、キャリアのラストを飾ったアスコリで監督デビュー。1971-72シーズンにチームをセリエCからBに昇格させ、1973-74シーズンにはクラブ創設以来初のセリエAへと導いた。

残留と昇格のスペシャリストとされ、マイナークラブの指導にかけては定評がある。ローマ時代では、フランチェスコ・トッティを、ブレシア時代にはロベルト・バッジョアンドレア・ピルロを、ペルージャでは中田英寿を指導した。選手の自主性を重んじるタイプで、多くの敬意を払われている。

中田の能力を認め、彼の現役引退時には「サッカーがしたくなったらいつでも戻って来い。私の獲得リストには常に残しておく。」と最大級の賛辞を送った。