Sir Bobby Robson

戦術はロナウド。

我々には失うものなどないのだから、明日の試合で勝ち点を失っていけない。

あれは誤審以外の何ものでもない。誤審はあり得ることで仕方ない。だが私が許せないのは、それを神の手などと呼ぶ者の欺瞞だ。

─マラドーナの「神の手ゴール」について

サー・ロバート・ウィリアム・ロブソン CBESir Robert William Robson CBE1933年2 月18日 - 2009年7 月31日)は、イギリス出身の元イングランド代表サッカー選手、サッカー指導者。

1969 年からイプスウィッチを指揮し、それ以降イングランド代表、PSVスポルティング・リスボンFCポルトバルセロナニューカッスルを率いる。PSVでは計3シーズンを 指揮したが、1998-99シーズンはユトレヒトの奇跡と呼ばれた。最終節を前にして、PSVがUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得するためには自身がFCユトレヒトに勝利してなおかつローダJCフィテッセが引き分け以下に終わることが必要だった。前半途中までに2点を先行されたPSVの夢は潰えるかと思わ れたが、ルート・ファン・ニステルローイのPK、ギオルギ・ガホキーゼのゴールで残り10分で2-2に追い つき、ロスタイムにアーノルド・ブルヒンがヘディングを決めて逆転した[1]。 3位でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得し、ロブソンの退団に花を添えた。

その間イングランド代表監督として1990年イタリアW杯ではベスト4へ導き、クラブチームではUEFAカップカップウィナーズカップ、国内リーグ、国内カップ戦などの優勝は数知れず、イングランドでは サーの称号を持つ名将である。

またファンやメディアを大切にする人柄で、過去指揮をしていたチームとの対戦では古巣サポーターからいつも拍手で迎えられる事が多い。また問題児と いわれる選手を上手くコントロールする事に長けた指導者でもあることから、彼の指導を受けた選手からは不満などはまず聞かれない。

ジョゼ・モウリーニョはバルセロナ時代の通訳としてロブソンと共に仕事をした経験があり、父親のように 尊敬していることもあって、周囲の意見を受け付けないモウリーニョが唯一耳を傾けるのがロブソンからの忠告と言われている。

2009年7月31日、故郷ダーラムの自宅で夫人や家族に看取られつつ病没[2]。 76歳没。ロブソンの逝去の報を受けたジョゼ・モウリーニョ、サー・アレックス・ファーガソンジョゼップ・グアルディオラなど、親交のあった多くのサッカー関係者が、その死を惜しむコメント を発表し、ロブソンの人物と業績を讃えた。